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kajagoogoo [MY音楽史]

今日はいいものを見させてもらいました。
そしていろんなエネルギ-をもらいました。
かつてBassを始めるきっかけをもらったバンド「Kajagoogoo」のライブ映像を見ました。
最近のデンマ-クでの野外フェスを収録されたものでした。

高校1年の時「これだ」と思いファンになったバンドで、ちょうどその頃ヒットしていたデビュ-曲がいきなり全英1位になって興奮した事を憶えています。しかしそれから数ヶ月後突然ボ-カルのリマ-ルが脱退。
これにはかなりショックを受けた事も憶えています。
そんな彼らが今年に入り「まさかのフルメンバ-による再結成」の情報を見つけた時はかなり驚かされた。
音楽シ-ンから離れていたメンバ-もいる中で、この5人が揃うのは実に25年振りの事だ。

そのデンマ-クでのライブ映像には泣かされた。
デビュ-当時の曲の演奏はもちろん、リマ-ルがソロになってからの曲をKajagoogooで演奏するなんて、リマ-ルにしても自身が脱退してからのKajagoogooの曲を歌うとは!!
当時のゴタゴタを知る自分からすると正に「有り得ない」映像に心を揺らされ、目頭が熱くなった。
時は人を大人に変える。

彼らが何故今になって再結成したのかはよく知らないが、自分が音楽を始めるきっかけとなったバンドが今再び存在する事はうれしい。
また、どうしてっ?と思うくらいに演奏が熱いし上手い。
ニック.ベッグスの弾くBassはおかしいくらい上手い(当時からだが)
音楽シ-ンから離れていたメンバ-もいるはずなのに?
この世代のイギリスのバンドにはまだ70年代からの流れをくむ「本物」がいたんだろう。

今自分がやっているジャンルではないでど、また再び影響を受け、そしてまだ自分もやれるとそんな勇気をもらえた。
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振り返ってみると [MY音楽史]

ブログ作りがきっつかけで、音楽に入れ込み始めた「自分の80年代」を改めて振り返ってみるた。やっぱりUKソウルやファンク色が強いと再認識。そこ頃は濃い口のブラックミュ-ジックではなく、ル-ツ系のそれらを白人の味覚で料理した「味の具合」が丁度よかったみたいだ。それを思うと今はすっかり味覚が変わったようだ。今はコッテリなブラックじゃないと聞いた気がしな体になってしまった。人は変わるものだを実感。

BASSとの出会いと音楽の旅の始まり [MY音楽史]

自分はベ-スという楽器ともう20年以上旅を続けています。
始めたキッカケは当時大好きだったkajagoogooというイギリスのバンド
のレコ-ドを聞いていた時、
無意識のうちに耳に入ってくる音が有りました。この音は? 当時ギタ-の音は知っていたがこの音ってなんだろう?と気になったのがベ-スの音でした。
何年か後になって判ったのですが、そのレコ-ドから聴こえたベ-スの音はmusic manの
stingrayベ-スの音でした(少し硬質でハリのある音)

kajagoogooはホワイト.ファンクと言うジャンルのpopなサウンドのバンドでしたが、そのstingrayを使って今で言うスラップ(当時はチョッパ-)スタイルで弾ける様な演奏をするニック.ベッグス(写真上段右側の人)の演奏に夢中になりました。
当時はまだそんなに一般的な演奏スタイルではなかったと思います。
自分もやってみたくなり、リスナ-からプレ-ヤ-へ。
バイトしてなんとかベ-スを手に入れ高校3年生(受験生なのに)にベ-スをスタ-ト。
部活もサボり帰宅。レコ-ドに合わせ試行錯誤。当時は今のように情報(DVD、教則本、等)もなく、
手探り状態、すべて自分の耳がたより。唯一助けになったのがMTV。眠いのをこらえて深夜まで起きていて、好きなミュ-ジシャンが演奏する姿をみて真似てみる。
そんな練習の仕方の日々でした。
ベ-スを初めて1年くらいたった時、ベ-スマガジンが創刊された。この雑誌のおかげでようやくベ-ス
についてのいろんな知識が持てるようになった。
少しベ-スが弾けるよう(?)になると、次はバンドをやってみたくなりました。
最初に作ったのはDURAN DURANのコピ-バンドでした。
当時の自分の2大ヒ-ロ-はニック.ベックスとDURAN DURANのジョン.テイラ-(写真の最前列左側)でした。この二人を好きになったのは、当時の彼らのルックスに憧れた事もあったが、彼らの演奏スタイルが気に入りました。この2人は、共に黒人音楽に影響を受けた人達で、当時のイギリスのベ-スプレ-ヤーとしては珍しいタイプの人達だった様です(何かの記事で読みました)
また、ニックはフレットレスもすごく上手く、デビュ-後間もない頃にジャコ.パストリアスと交流を持てる程の実力があったようです。

大学の友達を中心に作ったバンドでライブをやる様になり、益々音楽とベ-スに夢中となりました。
その次のステップはオリジナルの曲を作ってみたいでした。
4CHのミキサ-、ドラムマシン、ギタ-、シンセサイザ-をなんとか手に入れ、曲作りに入れ込む。
ベ-スももう少し良いものをとバイトして手にいれた。
大学の外で人探しを始め、もう少し広い世界で音楽活動を始めました。
その様な感じで音楽にドップリなベ-スとの旅が始まりました。

ベ-スとの旅の始まりはこの様な感じですが、今やている音楽とは全く関係ないジャンルからの入り方でしたね。

でも、今でも財産になている事もあり、ニック.ベッグスからはチョッパ-奏法、ジョン.テイラーからは、彼のアイドルという事でChicのベ-スプレ-ヤ-であるバ-ナ-ド.エドワ-ズを知る事が出来ました(バ-ナ-ドもstingrayを使ってましたね)
バ-ナ-ドのスタイルは今の自分のスタイルの1/3は形成していると思います。
duran duranからは、1986年のアルバム「notorious」を聞く事により、ドラムで参加していた
ステイ-ブ.フェロ-ン(元アベレ-ジ.ホワイト.バンド)とボルネオ.ホ-ンズを(元タワ-オブパワ-)
を知る事が出来ました。このアルバムのプロデュ-サ-はchicのナイル.ロジャ-ス(ギタ-も担当)





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